ワンオペ育児は、育児や家事のすべてを特定の親が一人で担う状態を指し、主に母親がその役割を担っている家庭が多く存在します。家族の協力が得られず、実家や地域の支援も届きにくい環境下では、親は極度のストレスと孤独にさらされがちです。このような状況は心身の健康を損ない、子どもとの関係や育児そのものにも悪影響を及ぼします。
一方で、分担の見直しや行政・民間の育児支援制度を活用することで、精神的・時間的なゆとりが生まれ、親の自己肯定感や家庭の雰囲気にも好影響をもたらします。
本記事では、ワンオペ育児の実態と課題、解消に向けた現実的な対策を明らかにしていきます。
ワンオペ育児とは?
ワンオペ育児とは、家事や育児のほぼすべてを一人で担っている状態を指します。共働き世帯やひとり親世帯の増加、地域や家族とのつながりの希薄化など、現代社会の構造的な要因によって、このような状況に置かれる保護者が増加しています。厚生労働省の資料でも、育児や家事の負担が家庭内で特定の人物に集中する問題が取り上げられており、特に母親に対する偏りが根強く残っていると指摘されています。
ワンオペ育児は一時的なものではなく、慢性的に続く場合が多く、育児者の精神的・身体的健康に深刻な影響を及ぼします。さらに、育児者が常に一人で対応しなければならないことで、適切な休息が取れず、育児の質そのものにも影響を及ぼす可能性があります。このような状況に対する社会的な認識や支援は十分とは言えず、個人の問題として片付けられてしまうケースが多いことが課題です。
ワンオペ育児の定義と語源
ワンオペ育児の「ワンオペ」とは、もともと飲食業界などで使われていた「ワンオペレーション」を略した言葉で、ひとりで業務をこなす状況を意味します。この語が育児に転用され、「ワンオペ育児」という表現が生まれました。その定義は明確に定まっているわけではありませんが、一般的には、家族やパートナーの協力を十分に得られない中で、育児や家事を実質的に一人でこなす状態を指します。
近年では、夫婦共働きが当たり前となる一方で、仕事と育児の両立を主に母親が担っている家庭が少なくありません。特に、夫の単身赴任や多忙による不在、あるいはシングルマザー・シングルファーザーとしての子育てなど、さまざまな事情がワンオペ育児を引き起こしています。また、祖父母などのサポートを得にくい都市部に住む家庭では、外部支援の少なさが負担をさらに増幅させています。
このようなワンオペ状態が長期化すると、育児者は慢性的な疲労やストレスを抱えるようになります。育児が「孤独な戦い」と化し、周囲に助けを求めることすら難しくなる場合もあります。社会的な認識や制度の整備が遅れている中、個人の努力だけでは解決が難しい問題であることは明らかです。
家庭の中で孤立する親たちの現状
現在、多くの家庭で見られるワンオペ育児の根本には、家庭内での役割分担の偏りと、外部とのつながりの不足があります。厚生労働省の「こども未来戦略」でも、育児・家事の担い手が一人に集中することが、家庭全体の健全性に悪影響を及ぼす可能性があると指摘されています。特に育児期の母親にとっては、日中に大人と会話する機会が少なく、社会との接点が断たれた状態に近くなることも少なくありません。
このような孤立状態は、本人の自尊心を低下させるだけでなく、うつ症状や育児ノイローゼを引き起こすリスクを高めます。相談できる相手がいない、共感してもらえないという状況は、育児者にとって大きなストレスとなります。また、育児の合間に休むことすらままならず、家事や育児が「終わりのない労働」と化していきます。
さらに、家庭内での孤立は子どもとの関係にも影響を及ぼします。育児者が常に疲れていたり、感情に余裕がなかったりすると、子どもに対して必要な愛情表現や対応が難しくなります。このような家庭環境が長期化すれば、子どもの情緒的な発達にも悪影響を与える可能性があるため、早急な社会的支援が求められます。
参考サイト:こども未来戦略(令和5年12月22日閣議決定)
なぜワンオペ育児はなくならないのか?
ワンオペ育児が社会問題として取り上げられるようになって久しいにもかかわらず、その解消には至っていません。個人の努力では解決できない構造的な課題が根深く残っており、多くの家庭で今なお育児負担が一人に偏る状況が続いています。育児が母親に集中するという文化的背景や、支援を受けにくい社会構造がその主な要因です。厚生労働省が示した「こども・子育て政策の強化を(試案)」でも、こうした社会の課題に対し包括的な対策が求められています。
「母親がやるもの」という無意識の固定観念
日本社会には、「子育ては母親が担うもの」という暗黙の了解が依然として根強く存在しています。このような固定観念は、育児を母親の義務として当然視する空気を生み出し、父親の育児参加を妨げる要因ともなっています。家庭内での育児分担が進まない背景には、こうした意識の問題が大きく影響しており、性別役割分担の固定化がワンオペ育児の継続を後押ししています。
例えば、母親が育児休業を取得することは当たり前とされる一方で、父親の育児休業取得には未だに職場での理解が乏しく、取得率も低い状況が続いています。職場の空気、昇進への影響、同僚への配慮などの複合的な障壁が、男性の育児参加を阻んでいます。その結果、家庭内での役割分担が改善されず、育児・家事が母親に集中しやすくなります。
また、SNSやメディアの中でも、育児を頑張る「母親像」が美徳として描かれることが多く、無意識のうちにその価値観が浸透しています。母親自身も「自分が頑張るしかない」という意識にとらわれやすく、周囲に支援を求めることに罪悪感を抱いてしまう傾向があります。結果として、育児の負担は偏ったままになり、ワンオペ状態が常態化します。
このような固定観念を打ち崩すためには、男女を問わず育児を「社会全体の責任」として捉える視点の転換が必要です。家庭や職場だけでなく、教育機関やメディアも含めた社会全体で、育児に対する価値観を見直していくことが求められています。
頼れる人がいない現代の家族と地域構造
かつての日本社会では、三世代同居や近隣との密接な関係性の中で育児が行われていました。しかし、都市化や核家族化が進んだ現代では、育児で頼れる人が身近にいないという状況が当たり前となっています。厚生労働省の資料でも、子育て世帯の孤立が深刻化していることが報告されており、特に都市部でその傾向が顕著に表れています。
地域社会とのつながりが希薄になると、ちょっとした悩みやトラブルを相談できる相手がいなくなります。その結果、育児者は問題を一人で抱え込みやすくなり、心理的にも追い詰められていきます。また、祖父母が遠方に住んでいる、あるいは高齢や就労によってサポートが難しいという家庭も多く、育児支援の手が届きにくい現実があります。
加えて、地域の支援制度が存在していても、その情報にアクセスしづらい、手続きが複雑、利用条件が厳しいなどの理由から、十分に活用されていないケースも少なくありません。支援制度そのものの整備だけでなく、それを確実に届ける仕組みもまた大切です。
また、近年では近所付き合いの希薄化に加えて、育児の方針に関する他者からの干渉や批判を恐れて支援を拒否する傾向も指摘されています。育児への考え方や価値観の多様化が進む中で、周囲に頼ること自体が難しくなっています。こうした社会の変化も、ワンオペ育児の根本的な原因のひとつです。
このように、ワンオペ育児がなくならない背景には、性別役割への固定観念と、孤立を深める社会構造の二つが密接に関係しています。だからこそ、家庭・職場・地域などのあらゆるレベルでの意識改革と制度整備が求められています。育児を一人で抱え込む時代から、共に支え合う時代へと転換していくことが不可欠です。
参考サイト:こども・子育て政策の強化について(試案)【労働関連部分】
ワンオペを減らすためにできること
ワンオペ育児の負担を軽減するには、家庭内での協力体制の見直しと、社会資源の積極的な活用が不可欠です。すべてを一人で背負い込まず、家族内で役割を再構築すること、そして利用可能な制度や支援を知っておくことが、育児の継続性と親の健康を守るうえで大切です。厚生労働省が公開している「妊娠・出産・育児期の両立支援制度」一覧も、多くの家庭が抱えるワンオペ状態の解消に大きく貢献する内容となっています。
家庭内の育児分担を見直すために
育児負担が一人に偏る根本的な原因のひとつは、家庭内の役割分担が曖昧なままであることです。特に共働き家庭では、家事や育児が「できる人がやる」という曖昧なルールで回っているケースが多く、結果的に時間的余裕が少ない方にしわ寄せが集中します。
家庭内で育児分担を見直すには、まず日常のタスクを「見える化」することが必要です。誰が何をどれだけ担っているかを明確にし、それをもとに夫婦で役割を話し合うことが第一歩になります。また、時間の使い方を見直し、週単位や日単位での育児当番制を取り入れることで、負担のバランスを取りやすくなります。
さらに、父親が主体的に育児に関わることで、母親の精神的・肉体的な余裕が生まれ、家庭内の空気が変わることもあります。父親の育児参加は単なる支援ではなく、子どもの成長にとっても有意義です。これを実現するためには、仕事との両立を前提としたスケジュール調整や育児休業の取得も視野に入れる必要があります。
支援制度やサービスを使って頼る習慣を
ワンオペ状態を続けないためには、外部の制度やサービスを積極的に利用することも大切です。自力で抱え込まず、「頼っていい」環境をつくることで、育児の持続可能性が高まります。厚生労働省がまとめた「妊娠・出産・育児期の両立支援制度」には、産前産後の休業制度から育児短時間勤務、時間外労働の制限、子の看護休暇に至るまで、多岐にわたる支援が掲載されています。

この支援制度一覧では、妊娠期から育児期にかけて、保護者を支えるためのさまざまな制度が整理されています。たとえば、「産前産後休業(労基法)」では、産前6週間および産後8週間の休業が法的に保障されています。また、「育児休業(育介法)」は、一定の条件を満たせば子どもが2歳になるまで取得できる制度で、母親だけでなく父親も対象となっています。
近年注目されている「出生時育児休業(いわゆる産後パパ育休)」は、出生後8週間以内に父親が育児に関与できるよう設けられた制度で、育児の初期段階からの関与を後押しします。さらに、「短時間勤務制度」では、原則として子が3歳になるまで、1日6時間の勤務短縮が認められており、仕事と育児の両立を支援します。
そのほかにも、「時間外労働・深夜業の制限」制度があり、育児中の従業員に対して残業や深夜業務を制限する仕組みが設けられています。「子の看護休暇」も重要な支援の一つであり、小学校就学前の子どもが病気やけがをした際に、年間5日(2人以上の場合は10日)まで休暇を取得できるようになっています。
これらの制度の多くは、法令に基づく企業への義務、あるいは努力義務として位置づけられており、雇用形態にかかわらず多くの保護者が対象になります。ただし、職場での制度の認知度が低かったり、周囲の理解が得られなかったりすることで、利用に踏み出せないケースも少なくありません。
そのため、まずは正確な情報を知ることが重要です。育児休業の取得方法や、各種支援制度の適用条件を理解することで、自分の家庭に合った支援を受けやすくなります。情報は自治体の子育て支援センターや保健センター、企業の人事担当者など、多様な窓口で得ることができます。
制度は整備されているだけでは意味がなく、実際に活用することで初めてその価値が発揮されます。負担を一人で抱え込むのではなく、社会の支援制度を活用し、周囲の力を借りながら育児を進めていくことが、ワンオペ状態からの脱却につながります。そしてそれは、長期的に安定した子育て環境の構築にもつながる大切な一歩となるのです。
SDGsから見るワンオペ育児の課題
ワンオペ育児は、個人や家庭の問題として捉えられがちですが、実際には社会全体の構造や価値観に深く関係しています。とくに、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる目標のうち、**目標5「ジェンダー平等」および目標3「すべての人に健康と福祉を」**は、ワンオペ育児の現状と密接に結びついています。こうした課題を解決するためには、個人の意識改革だけでなく、制度や文化の変革が求められています。以下では、これら2つの視点から、ワンオペ育児をめぐる問題を深掘りしていきます。
「ジェンダー平等」としての育児負担問題
ワンオペ育児が発生する背景には、性別による役割分担の固定観念が今なお社会に根付いていることが挙げられます。とくに、日本では「育児は母親の責任」という意識が強く、共働き家庭であっても女性が家事と育児の多くを担っている実態があります。これは、SDGsの目標5「ジェンダー平等の実現」に反する構造的な問題です。
厚生労働省が公表した「こども未来戦略」では、父親の育児参加の必要性や、男女ともに仕事と家庭の両立が可能な社会の実現を強調しています。しかし、実際には男性の育児休業取得率は依然として低く、取得したとしてもその期間は短期にとどまっているのが現状です。また、育児休業の制度は整っていても、取得を希望する男性が職場で理解を得られず、キャリアへの悪影響を懸念して利用を断念するケースも少なくありません。
こうした状況は、家族内の役割分担を硬直化させ、ワンオペ状態の固定化を招いています。女性は社会的にも家庭内でも「担うべき責任」を抱え込みやすく、結果的に精神的・身体的な負荷を一身に受けることになります。これを是正するためには、法制度の整備と並行して、職場文化や社会の価値観を変えていくことが不可欠です。
SDGs目標5は単なる女性支援にとどまらず、すべての人が性別に関係なく、平等に生きる権利を享受できる社会を目指しています。ワンオペ育児という課題は、その達成度を示す一つの指標です。育児を一人の性別に偏らせない社会づくりこそが、持続可能な成長の基盤となります。
「健康と福祉」に直結する母子の負担
ワンオペ育児は、育児者の心身に大きな影響を及ぼすだけでなく、子どもの成長や福祉にも直接関わります。これは、SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」の理念に照らしても、無視できない課題です。厚生労働省の「生活困窮者自立支援制度における横断的な課題」でも、育児期の支援が強調されており、ワンオペ状態がもたらす孤立と疲弊への対応が求められています。
育児を一人で抱え込む親は、慢性的な睡眠不足やストレスにさらされやすく、うつ症状や体調不良を引き起こすリスクが高まります。また、育児にかけられる時間や精神的余裕が不足することで、子どもへの接し方に影響が出る可能性も否定できません。たとえば、乳幼児期に十分な愛着形成ができない環境下では、子どもの情緒や発達に影響を及ぼす懸念も指摘されています。
加えて、支援制度の認知や利用が進まないことも問題です。一時保育や産後ケア、家事代行支援などのサービスが存在していても、それを知らない、あるいは「頼ることに罪悪感を感じる」などの心理的ハードルが障壁となっています。こうした「支援の届きにくさ」もまた、母子の健康と福祉を脅かす要因です。
目標3が掲げる「すべての人が健康に生き、福祉を享受できる社会」は、育児者と子ども双方を含めたものでなければなりません。その意味で、ワンオペ育児の是正は、単に家庭内の問題解決にとどまらず、公衆衛生や社会保障の観点からも大切な課題です。育児者が安心して支援を受けられる仕組みと、支援を当然の権利として認識できる社会風土が必要とされています。
まとめ
ワンオペ育児は、育児や家事が一人に偏ることで心身の負担が大きくなり、家庭や社会にも悪影響を及ぼします。背景には性別役割への固定観念や支援を受けにくい社会構造があり、分担の見直しと制度の活用が不可欠です。育児支援制度や地域サービスを積極的に利用し、企業や社会全体で育児を支える環境づくりが求められています。SDGsの視点からも、ワンオペ育児の解消は「ジェンダー平等」や「健康と福祉」の実現につながる大切な課題です。