こども性暴力防止法とは?日本版DBSと事業者対応のポイント

こども性暴力防止法は、イギリスのDBS制度(前歴開示および前例者就業制限機構)」を参考にして制定されました。イギリス版のDBS制度は2012年に確立されており、さまざまな職種の就労者の犯罪歴を照会することが定められています。

本記事では日本版DBSであるこども性暴力防止法の概要と、成立された背景と社会的経緯、そして同法が対象となる事業者・職種や義務について分かりやすく解説します。

こども性暴力防止法とは?

こども性暴力防止法の正式名称は、「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」であり、条文番号は令和6年法律第69号です。

こども性暴力防止法は、イギリスのDBS制度を元に制定されているので、「日本版DBS」と略されることもあります。

同法が制定された最大の理由は、近年こどもに対しての性暴力犯罪が増加・悪質化しており、こどもの安全確保や性犯罪者の再犯防止が急務であるという背景があるからです。

こどもに関連する法律としては、これまでにも児童福祉法・教職員等による性暴力防止法がありましたが、同法は、学校・福祉施設など限定的な場面でのみ適用される法律でした。

しかし、こども性暴力防止法は対象年齢・適用範囲が多岐にわたります。

対象年齢:
18歳未満すべてのこども

対象範囲:
家庭内(親族などによる性暴力)
学校・保育園・施設(教職員・保育士・指導員など)
地域・社会(知人・近隣住民・習い事の指導者など)
インターネットやSNS上

また、既存の法律は被害が起きてからしか対処できませんでしたが、こども性暴力防止法では予防的措置が可能となっています。

参考元:こども家庭庁

こども性暴力防止法の成立背景と社会的経緯

こども性暴力防止法が成立した背景には、近年のこどもに対する性犯罪の増加があります。特に学校・保育園をはじめとした教育機関に従事する職員による性犯罪はたびたびニュースでも取り上げられ、同法の施行による件数の減少や発生の抑制が期待されています。

本章ではこども性暴力防止法の大枠である日本版DBSのモデルとなったイギリスDBSの概要と、同法が制定されるきっかけとなった事例について解説します。

日本版DBSのモデルとなったイギリス制度

日本版DBS制定のモデルとなったイギリスDBSは、こどもだけではなく高齢者など社会的に弱い立場の人たちを守るために導入された制度です。教育・福祉・医療といったDBSで守るべき立場の人と関わる職種に就労する従業員に対して、企業側は雇用前にDBSチェック(過去の犯罪歴や不適切行為の有無のチェック)をすることが義務付けられています。

もしDBSチェックをした際に過去に犯罪歴や不適切行為が見受けられ、さらに犯罪が性犯罪関連だったり、不適切行為が虐待関連のものだった場合は就業を制限すると定めています。そしてDBSチェックにおいて不適切と認められた人は不適切者リストに名前が掲載され、企業側は自由に閲覧可能です。

つまり、イギリスでこどもや高齢者に対して性犯罪や虐待といった犯罪を犯すと法律で罰せられるだけではなく、就職面でも大きく不利になるというわけです。

国内で問題視された事例

こども性暴力防止法が制定された背景には留まることを知らない教育現場での性犯罪が挙げられます。なかでも東京都新宿区で発生した学習塾講師わいせつ事件と、東京都世田谷区で発生した区立保育園保育士わいせつ事件は社会に大きな衝撃を与えました。

【事例1】東京都新宿区・学習塾講師わいせつ事件(2021年8月)

2021年7月15日午後8時頃、東京都新宿区にある個別指導の学習塾の教室内で韓国籍の塾講師Fが個別指導していた10代後半の女子生徒に対して胸をもむなどのわいせつ行為をしていたことが発覚し、同年8月13日付けで警視庁は強制わいせつ容疑で逮捕しました。

事件当時室内にはF容疑者と女子生徒の2名だけしかおらず、事件後にF容疑者は女子生徒に対して他人には言わないよう口止めをしていたことも調査で発覚しています。F容疑者は4月頃から同女子生徒の授業を担当しており、事件当日はわいせつ行為に及ぶ前に好意も伝えていました。

事件は8月に入り、生徒から母親を通じて警察に相談を持ちかけたことで発覚しています。

塾は基本的に塾講師と生徒だけの閉ざされた空間です。更に個別指導の場合は塾講師と生徒がマンツーマンで授業します。大人の男性にわいせつ行為を突然されたことに対して、女子生徒が恐怖を感じたことは想像に固くありません。

同事件は塾業界全体の管理体制に疑問を投げかけ、見直しを促す大きな契機となりました。

参考元:個別指導中、教え子に強制わいせつ容疑 塾講師を逮捕:朝日新聞

【事例2】東京都世田谷区・区立保育園保育士わいせつ事件(2023年9月)

2023年9月、東京都世田谷区の区立保育園に勤務していた男性保育士Hが、同保育園の園児に対してわいせつ行為をしていたとして令和5年2月15日に逮捕されました。H容疑者は同保育園で2022年4月から11月までの間に複数回わいせつ行為をしていたことも発覚しています。

2023年7月19日にはH容疑者に対し、強制わいせつの罪で懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の実刑判決が出されました。判決を受けて世田谷区は地方公務員法に基づき、H容疑者を懲戒処分としています。

世田谷区は同事件を重く受け止めて独自に検証委員会を発足、検証した結果H容疑者は5年前にも別の保育園で同様のわいせつ行為に及んでいたことが分かりました。同委員会の報告書では、再発防止策のひとつとして採用前に前職など経歴を調べることが重要であると提言しています。

参考元:わいせつ逮捕の保育士、実は5年前にも…性被害、どうすれば防げる? [東京都]:朝日新聞
参考元:「世田谷区区立保育園における事例検証委員会」について

こども性暴力防止法の対象と義務

こどもや「こどもに関わる職業に従事する人たちに対しての法律は、こども性暴力防止法以外にも児童福祉法や教職員等による性暴力防止法などがあります。ただし、こども性暴力防止法は従来制定されていた法律とは対象範囲や義務が大きく異なっています。

こども性暴力防止法は教育現場だけではなく、こどもが関わるあらゆる分野が対象となり、事後対処ではなく、早期発見や予防に重きをおいた法律です。

対象となる事業者・職種

こども性暴力防止法の対象となる事業者は、大きく以下の2つに分けられます。

  • 性犯罪歴の照会が義務となっている事業者
  • 認定を受けたうえで措置を講じることとなる事業者

性犯罪の照会が義務になっている事業者は、就職希望者を採用する前に過去の犯罪歴や不適切行為のチェックが必須となっています。性犯罪歴の照会が義務となっている事業者の一例は以下の通りです。

  • 学校
  • 幼稚園
  • 認定こども園
  • 認可保育施設
  • 児童館
  • 児童養護施設
  • 児童発達支援

上記以外にも、学校教育法や児童福祉法に基づいて認可を受けている事業者は、日本版DBSの対象です。一方で認定を受けたうえで措置を講じる事業者の場合、認定を受ければホームページ等で表示してもよいことになっています。

認定制度の対象となっている事業者の一例は以下の通りです。

  • 学習塾
  • こども対象のスポーツクラブ・ダンススクール等
  • 放課後児童クラブ
  • 認可外保育施設

こどもを安全に通わせたいなら、認定の有無をホームページなどでチェックするとよいでしょう。

法律が求める遵守事項

こども性暴力防止法の対象となる事業者や職種に対しては、以下の4つの遵守事項が課せられています。

  • 把握措置義務
  • 防止措置義務
  • 被害が疑われる場合の措置義務
  • その他の義務

把握措置義務は児童に対する性犯罪の発生状況やリスクを把握して記録する義務です。防止措置は性犯罪が発生しないような措置を講じる義務で、職員対象の性暴力に関する研修の実施や児童・保護者対象の相談窓口の設置などが挙げられます。

その他の義務は、児童への性暴力に関する記録・情報提供・定期的な報告などを指します。そして同法律では、犯罪事実の照会頻度について、以下のように定められています。

  • 採用時に教員・教育保育等実施者の犯罪事実の確認
  • 採用後は5年ごとに犯罪事実の確認が必要
  • 現職者に対しては、学校設置者等はこども性暴力防止法施行から3年以内、認定事業者等は1年以内に犯罪事実の確認が必要

遵守事項や照会頻度は、こども性暴力防止法を持続的に機能させるために設けられています。

認定制度と申請フロー

こども性暴力防止法の認定制度は、日本版DBSを導入している事業者であることを政府に認定してもらえる制度です。認定制度を利用することで、事業者には以下のようなメリットがあります。

  • こども性暴力防止法の遵守事項に則って運営している事業者であることを内外にアピールできる
  • 保護者から安心して利用できると認識してもらえる
  • 信頼度が高まることで、利用者やビジネスチャンスの増加、更には投資家から資金を集められる

こども性暴力防止法の認定制度を申請する大まかな手順は以下の通りです。

  • こども家庭庁に認定申請をして手数料を納付する
  • こども家庭庁が申請内容を審査する
  • 補正が必要であれば指示通りに補正して再提出する
  • 申請内容に問題がなければ認定通知が届く
  • 認定内容をこども家庭庁が公表する

認定申請の手数料は事業者の種類や状況によって異なるので申請前に確認しましょう。認定内容をこども家庭庁が公表した時点で認定を受けていることを公告などで提示できるようになります。

参考元:こども性暴力防止法の認定申請について

教育現場での影響

相次ぐ教職員によるこどもに対しての性犯罪撲滅のため、政府は2022年4月1日より教職員等による性暴力防止法が施行されました。同法律が施行されたことにより、教育現場ではさまざまな影響が出ています。

例えば同法律では、教職員または教員養成課程を履修する学生に対して教職員等による性暴力防止法に対する理解を深めるための啓発等を実施することとしています。文部価格省は文部科学大臣や専門家が出演する動画を作成し、教育委員会や学校で活用することを要請しています。

文部科学省のYouTubeチャンネルでは、早期発見・初動期対応などの実践事例動画を自由に視聴可能です。

参考元:教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等について:文部科学省

こども性暴力防止法に関してよくある質問

こども性暴力防止法は実際に施行されるのが2026年度中となっています。施行前ということもあり、詳細な内容についてまだ周知居ないのが実情です。本章ではこども性暴力防止法に関してよくある質問として以下の5つをピックアップし、以下で詳しく回答しています。

性犯罪歴の照会対象者は誰?

こども性暴力防止法では、こどもと接する機会の多い職場に勤務する職員の性犯罪歴の確認が義務付けられています。学校・幼稚園・保育所・児童養護施設・障害樹入所施設など行政の認可を受けている教育機関・保育施設が照会対象です。

照会を義務付けている理由は、性犯罪を犯した過去がある人物を採用することによるこどもへの性犯罪発生を予防するためです。上記の照会対象施設は、現職者と新規採用予定者に対して性犯罪歴を確認しなければなりません。

照会手続きは事業者がこども家庭庁に申請し、本人に戸籍情報を提出してもらうことで照会が開始されます。性犯罪歴が確認された場合は先に本人に通知され、訂正を請求する期間が設けられます。

訂正がない場合、事業者に確認書が交付されますが、交付を受けた事業者は対象者に対してこどもと接する機会のない部署への採用・異動や採用見送りなど、性犯罪が発生しないための予防措置を取らなければなりません。

罰則や行政処分の内容は?

こども性暴力防止法では、子どもに対して性犯罪を犯した教職員に対して厳格な行政処分を処すると定めています。じどうまたは生徒への性犯罪が認められた場合、教職員に対しては還俗として懲戒免職の処分が下されます。

厳格な行政処分を定めている背景には、性暴力が児童または生徒の心身に深刻な影響を与えるという認識があるためです。また、過去には性犯罪を犯して失職した教員が再度現場に戻るという事例がありました。

性犯罪は再犯率が高いため、再発防止策として性犯罪によって教員免許を執行した場合は改善・更生の状況を慎重に審査したうえで教員免許を再交付するかを判断すると教職員等による性暴力防止法では定めています。

ボランティアや短期契約者も対象?

こども性暴力防止法ではボランティアや短期契約者も法律の対象となる場合があります。こども性暴力防止法ではこどもと接するすべての従事者が対象になっていて、従事期間の長短や雇用形態は問いません。

同法律は、こどもに対しての性犯罪や性暴力を防止するために定められた法律なので、たとえ数日単位・1日単位であったとしても、過去に性犯罪を犯した者はこどもと接するような環境に従事させないなど、予防措置を取ることが義務付けられています。

例えば、夏休み期間中に学童保育で活動するボランティアや、こども向けのイベントに短期契約で参加するスタッフなどもこども性暴力防止法の対象者であり、採用前に性犯罪歴の有無を確認しなければなりません。もし照会した時点で性犯罪歴が確認された場合は教職員への採用希望者と同じく、こどもと接する機会のない部署への配置や採用見送りなど、性犯罪が発生しないための予防措置を取る必要があります。

保護者としてできることは?

こども性暴力防止法が施行されたとしても、保護者の役割が非常に重要であることは変わりありません。こども性暴力防止法で確認できるのはあくまでも過去の性犯罪歴に過ぎません。

また、教育現場での性犯罪は厳罰化されますが、こどもに対する性犯罪は日常生活でもお折り得るため、家庭での見守りや働きかけが必要不可欠です。こどもに対しての性犯罪の予防・早期発見にはこどもと信頼関係を築くことが重要です。

具体的には日常的にこどもと会話をすることで、こどもが困った時にすぐ保護者に相談できるような雰囲気を作るようにします。その上で、たとえ相手が大人や教師だったとしても嫌なことは拒否してもよいことを伝えましょう。

そして普段からこどもの様子を観察し、何かしら異変があれば話かけるなどの対応をすることで犯罪の予防または早期発見に繋がります。

性犯罪歴はいつまで遡って確認される?

こども性暴力防止法では対象となる事業者の現職者または採用希望者に対して、過去の性犯罪歴の照会が義務付けられていますが、確認できる性犯罪歴は最長20年前までと定めています。性犯罪歴を照会する理由は、性犯罪を犯した者は再び同様の犯罪を犯す確立が高いためで、こどもに対しての性犯罪の発生を抑制し、こどもが安心して過ごせる環境を構築するためです。

ただし、すべての性犯罪が20年前まで遡って確認できるわけではなく、禁錮刑以上の刑罰を受けた場合は最長20年前まで、執行猶予付き判決や罰金刑だった場合、遡れる期間は10年前までとなっています。例えば痴漢行為によって逮捕された過去があるならば、本行為は以降10年間は犯罪歴確認の対象です。

性犯罪歴の確認の対象となるのは裁判によって有罪判決が確定したものに限定されます。例えば被害者相手と示談が成立した場合や不起訴処分となった事例に関しては照会の対象外です。

まとめ

こども性暴力防止法は、教育・保育現場を中心にこどもと接するあらゆる場面で発生する性犯罪のリスクを未然に防ぐことを目的として制定されました。こどもを守る法律としては、児童福祉法や教職員等による性暴力防止法などがありましたが、対象範囲が限定的であり、法律が適用されるのが事件が発覚してからという欠点がありました。

こども性暴力防止法では性犯罪歴の照会義務や教員免許の厳格な管理によって、性犯罪の予防が可能である点が従来の法律とは大きく異なる点です。教育現場だけではなく、政府・行政・家庭などと連動してこどもを性犯罪から守る社会の構築を目指しています。

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