ノートは、誰にとっても当たり前の存在だ。
けれどその“当たり前”が、実は誰かにとっては大きな壁になっていることを、私たちはどれほど知っているだろうか。
昭和初期から紙製品を作り続けてきた大栗紙工株式会社は、発達障がい当事者の声に耳を傾けることで、その事実と真正面から向き合ってきた企業だ。
今回は、同社が手がける「mahora(まほら)ノート」を軸に、SDGsが掲げる“誰一人取り残さない”社会と、紙のものづくりの可能性について話を聞いた。
まず、御社の概要や創設の背景について教えてください。
担当者:
当社は昭和5年(1930年)、小型帳簿や紙製品の製造業として創業しました。当初は帳簿が主力でしたが、昭和38年にノート製造へと大きく舵を切り、昭和40年には現在の大栗紙工株式会社を設立しています。

時代の変化とともに、洋式帳簿から糸とじノート、無線とじノートへと製品は変わってきましたが、「使う人の立場に立つ」という姿勢だけは一貫して守り続けてきました。
ノートは毎日使う道具だからこそ、使う人の暮らしに静かに寄り添う存在でありたいと考えています。
「mahoraノート」について、開発のきっかけを教えてください。
担当者:
始まりは、発達障がい当事者の支援団体「一般社団法人UnBalance」さまとの出会いでした。
そこで初めて、「紙の反射がまぶしくて文字が見づらい」「書いているうちに行がずれてしまう」「罫線や装飾が気になって集中できない」といった声を聞きました。
私たちにとってノートは“慣れ親しんだ製品”でしたが、同じノートが人によっては大きなストレスや不便さを感じているーー。
その事実に衝撃を受け、「長年ノートを作ってきた私たちだからこそできることがあるのではないか」と考え、開発を決意しました。
mahoraノートはどのようにして生まれたのですか?
担当者:
mahoraは、企画の初期段階から当事者の方々と一緒に作る「インクルーシブデザイン」を取り入れました。
ヒアリングとアンケートを行い、その声を反映したサンプルを作り、再び意見を聞く。このプロセスを何度も繰り返しました。
その中で見えてきた課題は大きく3つ。
「白い紙の反射による眩しさ」「罫線の見づらさ」「情報量の多さ」です。
これらを解消するため、光の反射を抑えた「レモン」「ラベンダー」「ミント」の中紙カラー、行を認識しやすい「太細交互横罫」「あみかけ横罫」というmahora独自の2種類の罫線、そして装飾を排したシンプルなデザインを採用しました。



“使えない理由”を一つひとつ丁寧に取り除くことが、mahoraの特徴そのものになっています。
SDGsの「誰一人取り残さない」と、ノート作りはどう結びついているのでしょうか。
担当者:
自分の特性に合ったノートに出会うことで、これまで「書けない」と感じていた人が書けるようになるケースがあります。
それは、学ぶ機会を失わずにすむということでもあります。
学習につまずく理由が能力ではなく“道具”にあるなら、それを変えることで状況は大きく変わります。
mahoraノートが、学びをあきらめなくていい選択肢のひとつになるなら、それはSDGsが掲げる「誰一人取り残さない」という理念につながっていくと考えています。
ユニバーサルデザインについてはどのように考えていますか?
担当者:
私たちは「ユニバーサルデザインを作ろう」と構えるよりも、まずは使う人の気持ちを大切にしたいと思っています。
一人ひとりの困りごとに真摯に向き合った結果として、多くの人にとって使いやすい製品になれば、それが理想です。
mahoraで得た気づきは、今後の製品づくりにも確実に生きていくと感じています。
教育現場において、ノートはどんな役割を果たすと考えていますか?
担当者:
授業を受けるという言葉があるように、学校では知識の「受け取り」のイメージがあるかと思います。
しかし、教育は「受け取る」だけでなく、「理解し、定着させる」ことが重要だと思っています。
手で書く行為は、聞いた内容を整理し、自分の言葉に置き換えるプロセスそのもので、脳の活性化につながるとも言われています。
ノートは振り返りのツールであり、教師と生徒をつなぐコミュニケーションツールでもあります。
一冊のノートが、学びを深める土台になる。その力は、今も変わらないと感じています。
工場見学やワークショップを通じて、子どもたちに伝えたいことは?
担当者:
学生にとって身近にあるノートについて、工場見学を通じてどのようにして作られているのかを知ってもらいたいと思っています。
どんな材料を使っているのか、どんな機械で作っているのか、工場で働く人の真剣な表情などを見て何かを感じ取ってほしいです。
そしてノートを自分で作ることで、ノートの構造についても知ってもらいたいと思い、手作りノートのワークショップもしています。

自分でノートを作る体験を通じて、物を大切に使う気持ちが芽生えれば嬉しいです。
デジタル時代における紙のノートの価値とは?
担当者:
デジタル化が進む中で、デジタルツールと紙のノートの役割分担が明確になってきたのではないかと思います。
キーボード入力に比べて、手書きは時間がかかりますが、その分情報の取捨選択を促し、深い思考と集中力を高めると言われています。またノートに文字を書く行為は、脳の運動野と視覚野を同時に使い、情報がより強固に海馬に刻まれることがわかっています。
このことから、紙のノートは立ち止まって深く考えるためのアナログツールとしての価値があるのではないかと考えています。
そして何より紙のノートが持つ「触感」「筆記具の感触」など五感を刺激する要素が、創造的で自由な思考活動の力となると思っています。
また今年は、二酸化炭素を紙に閉じ込めるという新しい技術を使った「Carbon Lock Premium(カーボンロックプレミアム)」というオリジナルペーパーを開発しました。
「Carbon Lock Premium」は、筆記性にもこだわった、環境性能と機能性能を両立させたハイブリッドな紙になります。
このオリジナルペーパーを使って新製品を作りたいと現在検討をしています。
最後に、御社が目指す「ゆたかな暮らし」とは何でしょうか。
担当者:
現在、OGUNO製品は「mahora」「サステナブルパッド」「A4→A1note」の3製品がありますが、これらは「人や社会に寄り添う」というコンセプトで作られています。
今後OGUNO製品が増えていく中で、寄り添ってできた喜びの輪が広がれば、その先に私たちが思い描く豊かな暮らしと、SDGsが達成された世界が重なっていくのだと思います。
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